2025年4月14日月曜日

ゲゲゲ忌2024

 


(その)漫画家が生まれて一〇二年

死んでから九年が経った十一月の週末

おばけたちが描かれた幟がはためいている

今日は彼を顕彰する忌日である


彼は餓鬼大将であり天才絵画少年であり読書青年だった

戦場で命の代わりに左腕をなくしたが漫画家になった

もしも右腕だったらどうだっただろうか

彼は冒険家であり食いしん坊であり神秘家でもあった

また長寿であった

人々も彼が死ぬとは本気では思わなかった

長寿ではあったがずいぶん早くから老人らしくはあった

死ぬ時も老人らしい死に方をしたが

まだ九年しか経たないので

ほんとうに死んだのかは疑わしいかんじだ


誰よりもうまくおばけの話を語ったので

故郷の通りにはおばけのブロンズ像が立った

誰よりもうまくおばけの姿を描いたので

おばけたちはひとりでに動きだした

これらのおばけたちは日の光は恐れないが

朝でも眠るのは大好きで

いつも貧乏でそのくせ丈夫である

非情だが親切でもある

古いことをよく知っているがみぃはぁでもある

薄暗いがからりと乾いている


おばけたちは市民ホールの前で牛串の行列に並んでいる

カニ汁を啜っている

多摩川沿いの街の上には青空が広がっている

彼は大阪で生まれ山陰の港町で育ち

多摩川沿いの街で長く暮らして死んだ

おばけたちは彼の筆先から生まれて

おばけは死なない

おばけたちはどこへ行くのだろう

それともどこへも行かないのか



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11月30日のゲゲゲ忌は2016年から執り行われていますが、じつは私自身は昨年までそのことを知りませんでした。その前年に公開された映画のヒットで注目が集まった2024年に初めてゲゲゲ忌の調布に出掛けました。


>戦場で命の代わりに左腕をなくしたが

このあたりはどう表現するか迷いましたが、

思えば私たちが彼についてまず思い浮かべるのは漫画家や文筆家としての業績や人柄であって、二十代のはじめからずっと片腕であった事実はほとんど忘れているくらいなのは驚くべきことかもしれません。

映画の主役の一人の人物造形には原作者の要素も含まれていて、豪胆で現実主義者のイメージがある故人の精神に戦場体験が与えた無視できない影響について、あらためて考える契機になりました。普段は書いたり話したりすることの少ない体験もあったようです。


画家を夢見ていた山陰の港町の少年が、唯一無二の漫画家として多摩川沿いの街で生涯をとじるまでの九十数年の歳月の長さを思います。